大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和28年(ワ)11412号 判決

原告 明和産業株式会社

被告 日本通運株式会社

主文

被告は原告に対し金百四十八万五千円並びに昭和二十八年八月十五日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払へ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

原告会社訴訟代理人は「被告は原告に対し金百四十八万八千円及びこれに対する昭和二十八年八月十四日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払へ。訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求の原因として被告は運送取扱を業とする株式会社であるが原告会社は昭和二十八年四月十五日その所有にかかる澱粉袋四万五千枚を三百箇に梱包の上、訴外有海製袋株式会社を代理人として被告会社東横浜支店に対し、北海道上川郡清水町所在訴外清水町農業協同組合(以下清水農協といふ)を荷受人(運送契約上の荷受人ではないが運送取扱人に対する関係における荷受人と称することは商法第五百六十六条第五百六十七条にその例を見る以上同断)に指定し、東横浜駅発送、国有鉄道根室線帯広駅レール渡しとする上叙梱包の澱粉袋の運送取次を委託し、被告会社東横浜支店はその委託を応諾して右澱粉袋を受領した。かくて右物品は同年四月二十一日帯広駅に到着したところ、被告会社帯広支店はこれを荷受人清水農協に通知することなく、右約旨に反して荷受人でない訴外北農産業株式会社(以下北農産業といふ)からの要求に応じて右会社へ引渡してしまつたので、運送委託品は滅失し荷受人清水農協に対する引渡を不可能にした。このため原告は運送委託品の所有権を失ひ、当時の時価に相当する金百四十八万八千円の損害を受けたので、原告は被告に宛て、同年八月十二日右損害を含むその余の損害の賠償を求める旨の催告を発したが、右催告は翌十三日被告に到達した。よつて被告に対し右物品の滅失による損害の賠償として金百四十八万八千円並びにこれに対する催告の翌日である昭和二十八年八月十四日以降完済まで商法所定の年六分の割合による損害金の支払を求める次第である。

被告の抗弁事実中被告会社帯広支店が右物品を北農産業に引渡すに当つて金須厳の指示を得たとの点は否認する。当時における金須厳の身分並に権限は不知。

と述べ

立証として甲第一乃至第三号証、甲第四号乃至第六号証の各一、二、甲第七号証の一乃至三、甲第八乃至第十二号証を提出し、証人金須裕忠こと金須厳(第一、二回)佐藤正直、追分公次、長尾義秀、西部純市、西村保、菊池栄光の各証言を援用し、乙第一、第二、第七号証、乙第八号証の一乃至四の成立は認めるが、その余の乙号各証の成立はいづれも不知と述べた。

被告会社訴訟代理人は「原告の請求を棄却する」との判決を求め、原告主張事実中被告が原告主張の株式会社であり昭和二十八年四月十五日原告と被告会社東横浜支店との間に原告主張の内容の澱粉袋運送取扱契約が結ばれ同日被告の右支店において右物品の委託をうけたこと、右物品が同月二十一日指定地に到着したところ被告会社帯広支店はこれを北農産業に引渡した事実は認めるがその余の事実を否認すると述べ、

抗弁として被告会社帯広支店が右物品を北農産業に引渡したのは荷受人清水農協の参事で右物品の荷受に関し右農協を代理する権限を有する金須厳の指示によるものであるから右荷受人に引渡したのと同様であり被告会社には運送取扱契約に違背したものではないし、運送に関する注意を怠つて運送品を滅失させたものでもない。又右物品は原告において発送前より清水農協の所有であり、原告の所有ではないからその所有権の滅失に基く本訴請求には応じられないと陳述し、

立証として乙第一乃至第七号証乙第八号証の一乃至四を提出し、証人大宮辰男、三浦光雄、伊藤正禧、西村保、西森正男の各証言を援用し、甲第二号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

被告が運送取扱を業とする株式会社であり、昭和二十八年四月十五日原告が訴外有海製袋株式会社を代理人として被告会社東横浜支店に対し澱粉袋四万五千枚(三百梱包)につき原告主張の内容の運送取次方を委託し、被告会社東横浜支店は右委託を応諾して前示物品を受領したこと、同月二十一日右物品は指定地帯広駅に到達したこと、並に被告会社帯広支店は右物品を原告会社の指定した荷受人でない北農産業べ引渡した事実については当事者間に争いがない。

被告は帯広支店が委託を受けて運送取扱をした物品を北農産業へ引渡したのは当時荷受人清水農協の参事として同農協を、代理する権限をもつていた金須厳の指示によるものであると抗争するので、この点についてしらべてみると、成立に争のない乙第一号証甲第十二号証、証人長尾義秀の証言により真正に成立したと認められる乙第三号証、証人菊地栄光、長尾義秀、金須厳(第一回)の各証言を綜合すれば、昭和二十八年四月当時金須厳が清水農協の参事であり当時の同農協の定款(第四十条)により農協の理事を代理して農協の業務に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有していないもので、金須が参事である旨の登記も経由されていたことが認められる。尤も前示各証人の証言によれば当時金須厳は清水農協と鹿追、新得各農業協同組合を以て事実上組織されていた西部十勝農業協同組合の東京出張所長として東京に常駐していたので、清水農協の役員会の決議により清水農協の参事として行動することを許諾された範囲は東京方面における取引に限定され、北海道内において清水農協の業務を執行することは職務権限外とされていたことは認められるが、右業務執行について加へられた制限は、登記も経由された事実を認め得る証拠もないので、少くとも善意の第三者には対抗できなかつたものと解するのが相当である。しかしながら、金須厳の権限は如何にもあれ、被告の帯広支店が原告よりの運送取扱委託物品を北農産業に引渡すに際り、金須が直接同支店に対し右引渡を指示した事実はこれを認め得る何等の証拠もないばかりか、却つて証人西村保、三浦光雄、伊藤正禧の各証言を綜合すれば、被告会社帯広支店では、本件運送取扱物品が帯広駅に到着する一両日前頃北農産業から電話で積込貨車番号、物品名、発送駅名、発送日等を明示して右物品の到着の有無について問合はせを受け、同時に右物品到着次第、北農産業へ通報ありたい旨の依頼を受けたので、右帯広支店の店員三浦光雄は、荷受人が北農産業でないことを知らなかつたので、右依頼を応諾していたところ、その後昭和二十八年四月二十一日右物品が帯広駅に到着したので三浦はしらべてみると、荷受人は清水農協となつていて、北農産業ではなかつたが、前述の如く北農産業から電話連絡があつたので、清水農協へ到着を通報もせず、電話で北農産業へ着荷並に荷受人名が清水農協であることを告げたところ、北農産業から清水農協の担当者が北農産業に来て居て、北農産業の所在場所で荷受けをするから北農産業へ物品を配達して欲しいとの返事であつたので、三浦は清水農協の指図により北農産業の倉庫へ入れるものと軽信し、清水農協へ問合はせは勿論、北農産業に来て居ると告げられた清水農協の担当員にも連絡さへもしないばかりか、清水農協の物品受領印の押捺も受けずに、北農産業へ物品を引渡して了つたものであることを認められるに十分である。尤も証人金須厳の証言(第一、二回)によつても金須は清水農協のために本件澱粉袋を原告より買受け、これを北農産業を介して他に転売することを北農産業の代表取締役である西森正男と話合つていたことは認められるが、右話合があつたからとて、北農産業が原被告間の運送取扱契約上の荷受人としての権利を被告に対し取得するものではないし、又証人西森正男、難波哲夫の各証言中には、北農産業が本訴物品を引取つたのは、金須の北農産業に対する指図によるもので、恰も北農産業は清水農協を代理したものの如き言辞を述べているが、右部分は到底信を措くに足らないものである。

以上説示したところによれば本件運送取扱委託物品は被告使用人が右物品の引渡に際し、取引上必要な注意を怠つたため、荷受人でないものに物品を引渡し、物品全部を滅失させたものと云うべきであるからこれにより原告の受けた損害を賠償する義務のあることは明である。

ところで本件運送取扱委託がなされたのは証人佐藤正直、追分公次の各証言により明であるように、原告が清水農協に売却した澱粉袋を、買主に引渡すためであつたことが認められるので、物品委託当時においては、売主である原告の所有に属していたものであることは容易に推定できる。そこで売却物品引渡のため運送取扱人に委託した物品の所有権が何時荷受人(運送人に対する荷受人でなくて運送取扱契約において運送品の受取人とされる名宛人を指称することは前述の通り)に移転するかを考へると、商法第五百六十八条第五百八十三条一項には運送品が当初目的とされた到達地に到着した後は荷受人は運送取扱契約により生じた委託者の権利を取得する旨の規定があるが、右規定はその趣旨とするところは、荷受人は元来、運送取扱契約の当事者ではないから、当然には右契約上の権利を取得できないため、運送品が到着した後は、委託者の外に、荷受人も契約上の権利を取得することとしたに止まるので、(例へばこの規定がないと運送取扱契約は問屋と委託者との契約と法律上同質のものとされ、運送取扱人と委託者との関係は委任契約に準ずるものとなり、運送契約の如く第三者のためにする請負契約ではないとされるため、荷受人が運送取扱人に対して運送品の引渡請求権がないことになる。)この規定だけから直ちに運送品の所有権の帰属を定めることができない。従つて所有権取得の時期は、委託者と荷受人との間に特約のない限り、一般の場合に準じ運送品到着後荷受人が所有権取得につき留保の趣旨を含む異議をとどめないで運送取扱人から運送品を受領し、又は受領を承諾したときに、荷受人は運送品の所有権を取得するものと解するのを相当とする。

この見地より本件物品については、原告と清水農協との間に所有権取得の時期について何等約定の存したことを認め得る証拠がなく、(単に運送品引渡場所として帯広駅レール渡とする約定が運送取扱人と原告との間に定められているだけである)又物品が到達地である帯広駅に到達してからは、被告会社帯広支店はすでに認定した通り荷受人の清水農協にその着荷の事実を通知さへしないで北農産業へ物品を引渡して了つたもので、清水農協において物品の受領はもとより、受領の承諾もしたものでないことは明であるから、北農産業へ物品が引渡された当時その所有権は、なお委託者である原告に属し、北農産業への引渡により物品は滅失し従つて原告はその所有権を失ふに至つたものと云へるので、右物品の到達地における当時の時価相当の損害を被告は賠償すべき責があるのであるが、成立に争のない甲第七号証の三、証人佐藤正直、金須厳(第一回)の証言によれば、右時価は澱粉袋一枚につき三十三円であつたことを認めることができるので委託物品全部については百四十八万五千円である。

ところで右損害の賠償は商法第五百六十条の規定に基くもので債務不履行に因るものと解せられるのであるが、成立に争のない甲第三号証甲第四号証の一、二と証人佐藤正直の証言とによれば原告は昭和二十八年八月十三日被告に宛て、前示金額を含む損害賠償請求の通知を発し右通知は翌十四日被告に到達したことが認められる。

してみれば被告に対し右賠償金百四十八万五千円とこれに対する右請求の日の翌日である昭和二十八年八月十五日以降完済までの年六分の商事法定利率による遅延損害金の支払を求める限度においては原告の本訴請求は正当であるが、その余の請求は失当として棄却すべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条但書を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例